開発経緯

戸田正寿がLightfaceにたどり着くまで
「厚さ1センチぐらいの光る板が作れれば…」

戸田正寿(とだ・せいじゅ)
アーティスト

1948年福井県生まれ。高島屋宣伝部を経て日本デザインセンター入社。戸田事務所設立。2015年Lightoda(ライトダ)設立。おもな仕事にサントリーローヤル(ランボオ、ガウディ、ファーブル、マーラー篇)、サントリー缶ビール ペンギンズ・バーキャンペーン全般、伊勢丹のファッションキャンペーン全般とロゴマーク、『AERA』表紙アートディレクション、森ビル六本木ヒルズオープンキャンペーン全般などがある。ビエンナーレ、国際広告賞、国際デザイン展などでグランプリ、金賞等を多数受賞。キュレーターとしても活躍し、国内外のさまざまなアーティストを紹介している。自身の作品も、ニューヨーク近代美術館、シカゴアトニウム美術館、ハンブルグ美術館、その他30の美術館でコレクションとして所蔵されている。

 戸田のLightface(ライトフェイス)構想のきっかけは2008年、東京・渋谷の高級ブランド店のリニューアルオープニングで見た壁だった。厚さ約10センチの壁が光っていた。LEDを光源とし、拡散板を利用して、光源が見えない状態で壁が淡く光る状態を作り出していた。これを考えたのは一流のデザイナーに違いない、と戸田は確信した。
 もっと素晴らしい光を演出できないか。以後、戸田は「光る板」の構想に没頭する。
戸田はそれを制作した会社に出かけ、自分の作りたい光の板が可能か相談した。しかし、実現できそうにない。戸田がほしいのは、もっと薄くて光る板、光には気品があり、美術家で商品デザインのアートディレクターである戸田の美的感覚に適うものでなければならない。
 次に印刷会社に頼み、実験してみたが、やはり実現に至らなかった。半導体の会社にも頼んだ。1年ぐらいかけたが、どう工夫しても光に斑が出る。そして、2014年1月に日東光学と出会う。
 展示会で同社の導光板照明を見てこれだ、と思った。戸田は金子宗央社長に会って将来展望を説く。社長は開発を決断、2015年にLightfaceのプロトタイプが完成した。
 はじめはぜんぜん良くなかった。光にムラが出る。納得しない戸田は技術者たちを励まして、ムラ消しの挑戦が続いた。金子社長は「もっと軽くしろ」と檄を飛ばす。
 最初からの構想だった薄くて、枠がなく、ムラのない光の板がこうして実現した。日東光学が開発の基本に据えていたのは、慶應義塾大学理工学部小池康博教授の「光散乱理論」。その発想と戸田の美的感覚が結びついた果実だった。
 Lightfaceの美のこだわりについて、戸田はこう話している。
「厚さは20ミリぐらいと思っていたが、やってみると13ミリでも厚すぎて板の感じが出ない。光は隅まで均等に光らないと美しくない。面の大きさはあまり重要ではなかった。枠がなければ並べて面を広げることが出来るので、いくらでも拡張できる。これまでずっと、LED照明を研究してきたが、すべて科学者、技術者が考え、作ったものだった。クリエーターの視点、考えで出来たのがLightfaceだ。クリエーターが照明の概念を変えた『美しい革命』なのです」