小池康博教授に聞く

Lightfaceは光散乱理論を
感性の領域まで実現した

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小池 康博(こいけ・やすひろ)
慶應義塾大学理工学部物理情報工学科 教授

長野県諏訪市出身
高速GI型プラスチック光ファイバー、高輝度光散乱導光ポリマー、屈折率分布型ポリマーレンズ等をはじめとするフォトニクスポリマーを専門分野とする。1994年米国プラスチック工学会(Society of Plastics Engineers:SPE) SPE International Engineering and Technology Award -Fred O. Conley Award-、2006年紫綬褒章、2015年 SID Special Recognition Awardsなど多数受賞。プラスチック光ファイバーコンソーシアム会長、Inter Cooperative of Plastic Optical Fiber(ICPOF)全体議長などを務める。
2015年、30年にわたるプラスチック光ファイバーの研究成果をまとめた著書「Fundamentals of Plastic Optical Fibers」(Wiley-CVH刊)を出版した。

Lightface(ライトフェイス)の技術的な基盤は光ファイバーの権威、小池康博慶應義塾大学教授の光散乱理論と日東光学の光学技術の組み合わせである。小池教授はそこに到達するまでに多くの関門をクリアしてきた。そして今回、アーティスト戸田正寿氏のディレクションで「気品のある光」を実現した。その道のりを小池教授に聞いた。

私の研究の出発点はプラスチック光ファイバーでした

今回のこの開発にはドラマがあるんです。私が博士号をもらったのが1982年。いまのような高速通信の時代ではなかったのですが、大学の研究は最先端の領域をやりますので、先を見据えた研究としてプラスチック光ファイバーの研究を始めました。そして、のちに世界最速のプラスチック光ファイバーを実現するに至ります。
非常に高速な通信ができるということはどういうことにつながるのか。これから4Kとか8Kとか、そういう時代になってきます。Kというのは千という意味です。8Kは、ディスプレイの横方向の画素数が8千ということです。非常に高精細です。8Kディスプレイで癌の細胞を見ると、いままで肉眼では見えなかったような、癌の初期の初期が見つけられるようになる。予防医学に役立つんです。8Kというのは視力4.3に相当する。見えなかったものが見えてくるんですね。医療革命につながります。しかし、高精細の映像はデータ量が膨大でそれを伝送するには大容量高速通信が不可欠なのです。

新方式の光ファイバー開発で高速化に成功

私は、もともとは光ファイバーが専門です。それがなぜ日東光学さんとの共同研究やLightfaceにつながったか。光ファイバーが初めからうまくいっていたら、たぶん、いまLightfaceはなかったでしょう。
光ファイバーは2層構造になっている。光の通るところをコアといいます。それに対し、光が反射するコアの外をクラッドといいます。これが光ファイバーの基本構造です。

SI(Step Index)型では、パルスを入れると、まっすぐ進む光もありますが、ある光は、波のように反射して進みます。まっすぐ進む光は到達距離がいちばん短いですから、早く到達する。一方、反射していく光は、距離が長いので、到達が遅くなる。
8Kの画素数では、1秒間に膨大な情報を送らなければならない。たとえば、3つ入ってきた信号を出口で、いま信号が3つ来たな、とわからなければいけない。ところがこれまでの光ファイバーだと、まっすぐ進む光と反射して進む光とで、パルスがずれてしまうので、信号がいくつ来ているのかがわからなくなる。これがSI型なんです。この光ファイバーはこれからの4K、8Kには残念ながら使えない。
SI型光ファイバーは、屈折率(Refractive Index)が階段状になっているんですね。一方、私が研究したのはGI型(Graded Index)、屈折率分布型というんです。

GI型では光ファイバーの中でレーザーが、なんと曲がっているんです。くねくね行くんです。こういうことは自然界の現象ではなかなか見ることができない。光ファイバーの中心は屈折率が高い。まっすぐ行く光は、屈折率がいちばん高いところを通る。距離が短いんだけど、速度がいちばん遅い。一方、くねくね蛇行していく光は、距離は長いが、周辺の屈折率の低いところを通るので進む速度が速い。私は、最適な屈折率分布を見いだし、すべての光を同じ時間に到達させることに成功したんです。

数メートルしか届かなかった光ファイバー

屈折率分布型プラスチック光ファイバーの基本特許を取得したのは1990年前半です。
1982年にGI型の光ファイバーを作って慶應から博士号をもらいました。屈折率の分布をつけるということは、中心ほど屈折率の高いものを入れて、周辺にむかってその量を減らしていくわけですが、こんなことしてできるの、っていうようなことだったんです。
従来品は、ビルの中で100メートルでも200メートルでも光が通るんです。ところが、私が初めて作った光ファイバーは数メートルしか通らない。使い物にならない。数メートルだったら、わざわざ光ファイバーを通す必要がない。このとき、私は研究者としての岐路に立ったわけです。

米国大学の招きを断って光ファイバー高速化に没頭

そんなとき、当時、ロチェスター大学にいて、のちに有名になったダンカン・ムーア教授から「小池さん、光ファイバーの研究をやめてレンズの研究で来ないか」とオファーがあった。ロチェスターは五大湖の近くで、コダックの本社があり、ゼロックスの本社があり、ポラロイドもある。ロチェスター大学はそのおかかえの大学で、“光のメッカ”だった。そこからのオファーだから、この研究をあきらめて、新天地に向かおうと考えた。しかし私はまだ、こだわっていたんです。なんでもっと透明にならないんだ、と。それで私は一旦ナマ返事で行くといったムーア教授に「行けません」と手紙を書いた。すぐに「I am very disappointed.」という返事が来ました。当たり前ですね。ムーア教授には申し訳ないなと、ずっと思っていました。実は先日、教授を慶應義塾大学にお呼びしました。当時のことをお詫びしました。だけど、私がムーアさんのところに行っていたら、この高速のプラスチック光ファイバーはないし、このLightfaceもなかったんです。

デバイの散乱理論に出合う

光が通らない最大の原因は光散乱損失でした。散乱損失が大きすぎて、光が通らなかったんです。私はこのことが頭を離れなかった。なんで数メートルしか届かないのか。
この光散乱の原因について研究するのに、私の一番のバイブルになったのが、のちにノーベル化学賞をとるデバイ(Debye※)という人の光散乱の理論です。彼の理論を徹底的に学びました。寝ても覚めても、関連する積分の式が思い浮かぶぐらいになりました。それで、やっと原因がわかったんです。わかったんですけど、ネガティヴなことがわかった。
つまり、このままやっていたら絶対数メートル以上光は通らない、ということがわかった。そうすると人間って面白いもので、ほんとに自分が信じたもので、結論がダメだってわかると、すぐにあきらめがつきます。私はそれまで、できるんじゃないか、できるんじゃないか、と思っていたから、後ろ髪をひかれていた。だけど、デバイの光散乱理論に出合って、これ、できないな、って本当に納得した。次の日にこの方法をやめました。

※ピーター・デバイ
オランダ出身の化学者・物理学者。アインシュタインの比熱式を改良した「デバイの比熱式」、強電解質溶液に関する「デバイ-ヒュッケルの理論」など、分子構造論、誘電体論、電解質溶液論、高分子溶液論などにおける業績で著名。1911年アインシュタインの後任としてチューリヒ大学教授となり、その後、多くの大学で教える。1936年、双極子モーメントおよび気体X線・電子線回折による分子構造の研究が評価されてノーベル化学賞を受賞。1940年に渡米し、コーネル大学教授となり、1946年アメリカに帰化した。