小池康博教授に聞く

Lightfaceは光散乱理論を
感性の領域まで実現した

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発想の転換で「損失」を「効率」に

私は1989年に米国の電話会社AT&Tのベル研究所に行っていました。ベル研から帰ってきたあと、あえて、当時だれもやっていない方法で、プラスチック光ファイバーの研究をスタートさせました。デバイの散乱理論に出会い、低分子を利用して屈折率分布をつくると一気に成果が出始めました。成果が出始めると、学生に「はい、あなたは低分子A、あなたはBで、あなたはCで」って、みんないっせいに実験してもらう。それぞれ成果が出る。論文が一気にたくさんできる。これが、私自身が本当に頭を使ったことになるのかどうかはわかりません。その前の私は、成果ゼロなわけです。だけど研究者として、どちらが成長した時期であったかというと、成果ゼロのときですよね。苦難なくして、ってよくいいますけど、そういうことを、身をもって感じました。
その光ファイバーの研究がなぜ今回のLightfaceの基盤となる光学材料の発明に至ったのか。散乱損失、この損失という言葉をたとえば、効率というふうに考える。つまり光散乱効率と考えたら、ポジティヴじゃないですか。建設的です。損失っていうとなんか、あっちゃいけないものですよね。デバイの散乱理論を研究したんだから、思いっきり光を散乱させて、そうしたら、透明体よりももっと明るくなるんじゃないか、というふうに頭を切り替えたんです。それを最初に応用したのがソニーVAIOのバックライトで、1992年ごろのことでした。

ディスプレイに「ゴミ」を入れることでLightfaceの基盤材料が完成

当時、ディスプレイは透明なものほど良いと思われていて、いかにディスプレイのゴミを取り除くかが課題でした。しかし私は、積極的にゴミを入れましょうと提案しました。もちろん、普通のゴミではなく、デバイの散乱理論にのっとった特殊な大きさのゴミをです。
普通の散乱だったら、暗くなります。だけど、霞のかかった空で、なんだかまぶしいときってあるでしょう。そういう条件にしてやると、いままでのあらゆる透明なバックライトよりも2倍明るくなるという結論に達した。後発であったソニーのVAIOに搭載されたのは、この「光散乱導光ポリマー」です。それが、私がディスプレイという世界に入るきっかけです。もし初めから透明なプラスチック光ファイバーができていたら、自分で苦労して深めるようなことは、まずしなかったんじゃないかと思います。デバイの散乱理論に出合ったおかげで、私は誰よりも光の散乱ということに詳しくなった。従って、Lightfaceの基盤材料、光散乱導光体のもとになる基本特許は、請求項にデバイの散乱理論が入った特許なんです。相関関数の相関距離はなんとか、みたいなものが、特許のもとになっていることに審査官はびっくりしたと思います。

光の散乱を制御することに成功した小池の理論と日東光学の光学技術の結晶

散乱を照明に使うのはすぐにできると思っていたが、なかなかできない。そういうときに、私は日東光学に出会った。2008年2月のある日、高校時代からの友人である日東光学取締役の朝倉さんから電話があり、「私の部下が小池先生の光散乱導光体の透明感のある光に感動している。この材料を使い、人に感動を与えられる新しい照明器具を作りたい」と。私は直観的に強い意志と運命的なものを感じて、「よしやろう!」ということになったんです。これが日東光学と本格的に共同研究を始めるきっかけです。
レンズの素晴らしい会社で、カメラやレンズのOEM生産をやっている。日東光学のレンズは、小惑星探査機の「はやぶさ2」にも搭載されています。日東光学はレンズの技術で、私は光の散乱で協力した。光を照明するということはレンズ作用です。普通のレンズだと色ムラとか色収差で周辺が黄色っぽくなったりする。Lightfaceを見ていただくと、そういうものがまったくない。この点で他の追随を許しません。これは私の基本特許に基づいているわけですが、デバイの散乱理論をさらに発展させていくなかで、光を集めながら色が混ざるように散乱させるという、一見相反する効果がマッチングした結果なんです。
 Lightfaceはどこの導光板製品よりも色ムラがなく、均一に明るく光るんですね。これは散乱する角度をデバイの理論を使って制御できるからです。前方だけに散乱させることもできる。この原理を用い製品化したものに「ブルーオーシャンスクリーン」というのがあって、前から見えるけど、後ろからみるとスクリーンに何も映っていない。なぜか。普通、光は全方向に散乱するけど、前方だけに散乱させる。そういうことがコントロールができる。
デバイの究極の論文に、ある方程式があって、こういうふうにしたらこっち方向にこれだけ光を散乱させられるという式そのものなんです。光散乱をゼロにして光ファイバーを作り、光散乱を大きくして光散乱導光体を作った、と言われ、「小池さん、なんで同時にふたつのことを考えていたんですか」って聞かれるんですけど、本当のことを言うと私の原点はデバイのそのひとつの式なのです。その式の散乱効率を大きくしたものに日東光学の光学設計が組み合わさったものが、今回のLightface照明です。そのデバイの論文は1950年ごろ出ています。

いまの時代なら研究は打ち切りになっていた

最近の若い研究者、中堅の研究者含めて、ちょっと危機感を感じています。いまは業績主義なんですよ。論文を書かないと評価されない。そうしないと良いポジションのオファーが出てこない。だから論文を書かなくちゃいけないんです。でも私はまだそういう時代ではなくて、もうちょっとのほほーんとしていたかもしれない。もしいま私が同じことをやって、3年、10年成果が出なかったら、特に企業の研究者だったら、もう評価はダメですね。打ち切りってことになります。
私はデバイやアインシュタインの散乱理論に行きつく前に、ここを掘り下げればっていうものがあったのですけど、これはブラックボックスといわれていて、中がどうなっているかわからなかった。その中に入り込むためには、ブラックボックスを砕かなくちゃいけない。しかし、いまの研究者はブラックボックスがあると、それをうまくよけて、これとこれをくっつけて、なんかいい論文にして出す。このブラックボックスの本質的なことがわからないのに、その人は2、3年で5報、6報の論文が出せるかもしれない。私はブラックボックスの中がどうしても気になって、そういう器用なことはできなかったということです。