小池康博教授に聞く

Lightfaceは光散乱理論を
感性の領域まで実現した

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100年前の論文が最先端の研究をブレイクスルー

これからますます、バイオにしてもITにしても複雑怪奇な時代になってきます。大切なことは、私の経験からすると、たとえば「この色ムラ、ここまで来てるんだから、もうちょっとだろう」っていうけれども、そうはいかないんです。本当にこれをクリアしようと思うと、原理原則に戻らないといけない。100年前の論文が最先端の研究をブレイクスルーするんです。“基本”“fundamental”という言葉が好きです。基本の大切さを感じています。
ソニーVAIOのバックライトとLightfaceは散乱を制御するという意味では同じカテゴリーになりますが、別ものです。Lightfaceは光を自在にあやつれる。こちらの方を明るくしてくださいっていうと、そういうこともできます。もうひとつ重要なのは、人間が見る「感性」です。「なにか品がいい」とか、そういうものは数字に表れなかったんです。でも、なにか品がいいとか、こういうものって人間が感じるものだと思うんです。
うまく言えないですが、たとえば、夕日は赤いんですが、昼間の太陽は色を感じさせないですよね。まぶしい白です。でもこれは、人間が感じないだけです。昼間でも赤の光は来てるんです。夕日のときだけ赤が光ってるってわけじゃないです。赤以外の青やほかの色も来ている。みなさんが「鈍感」なだけです。かつて七色を感じる人間もいたかもしれないですね。ただ、そういう敏感で感受性の高い人は息絶えちゃったんじゃないかな。
アートの世界はよくわかりませんが、Lightfaceは人間の「感性」を入れたのです。つまり赤の光も青の光も出ている。虹にもできる。どうやったら人間がこれを品よく感じるかということをサイエンスの立場から考えた。そこがVAIOと違うところです。

明るければいいというものではない

人間は、太陽の暖かい光を浴びたときに心が和みます。
以前、日東光学が東京ビッグサイトで、LED照明のブースを設けたんです。海外のLED照明が何十ブースと出ていて、ギラギラなんですよ。これでもかという具合に照明して、よくいえばポジティヴなのかもしれませんが、目に突き刺さる感じがするんです。角を曲がったところに日東光学の、Lightfaceの前身の製品があって、そこにたどり着いて、ホッとした。ただ暗くしただけではない、ちゃんと明るいんです。でもホッとする。Lightfaceのモナリザは、そのホッとする光です。
他国の人たちが出してくる光と、小春日和の日に私たちが和む光のスペクトルは違うんです。

デバイの散乱理論に学ぶ

私はデバイから散乱理論を学びました。こういう理論にパーフェクトな理論はない。理論というのはたとえ話です。あるたとえ話の現象を説明するにはいいんですが、仮定が外れると、とんでもない怪我をする。
デバイの理論は、均一の照明に関してはあまり使えない。夕日は赤いですね。なんで赤いか。お昼の太陽からは赤だけじゃなく全部の光が来ている。混ざり合うと私たちは白く感じる。「鈍感」なんです。光は空気で散乱します。夕方は、空気層を通る距離が昼間の何倍にもなる。短波長の青い光だけが優先的に散乱する。じつは青空というのは散乱によって見えるのです。青空を見ているときに自分の視野に太陽ないでしょう。青の光だけが散乱している。夕日がなぜ赤いかというと青の光が散乱してしまっているからです。だから透過光は赤っぽくなる。つまり、青がなくなっているから白い色が赤くなる。夕日が鮮やかな日は次の日、雨の日が多いですね。なぜかというと、日本は西から天気が変わってきます。西にしずむ夕日が鮮やかだということは、西には湿気があって長波長の赤い光がより分散されるということ。湿っているということは次の日は雨になる。
鮮やかな夕日というのは青が散乱してしまっている状態。実は、それは私にとっては大ダメージなんです。当時のバックライトは、ランプから遠ざかると青が散乱するわけですから、赤い夕日まではいかなくても端のほうでは黄ばんできてしまう。もっと遠くなれば赤くなってしまう。これがデバイの理論の限界なんです。

火星の夕日は青い! それはLightfaceの基本原理と同じ

今回のLightfaceは、青い夕日も作ることができる。赤い夕日も作ることができる。デバイの理論からは導けないんです。ある大きさ以上の粒子を入れると、青よりも赤のほうが散乱する条件があることを見つけました。それを2000年ごろ特許にしました。
火星の夕日は青いんですよ。夕日が赤いっていうのは自然の原理だとみんな思っていた。でもそれは地球の常識であって、宇宙の常識じゃなかった。その違いが出るのは、重力の差。地球は重力があるので、あまり大きい粒子が浮遊できない。そういう状態での散乱はデバイの理論が成り立つ。ところが火星は地球より重力が小さい。大きい粒子でも浮遊することができる。
青空に向けてある大きさの粒子をばらまくと一瞬赤くなります。そういう粒子を私は見つけたんです。青にもできるってことは赤にもできる。やんわりした色にもできる。Lightfaceはそれをやっているんです。だから心地よい色を出せる。どこがいちばん心地よいかっていうのをまだ完ぺきには見つけていないかもしれない。だけどいまのLightfaceが他の追随を許さないことは確かです。

Lightfaceは「感性」の域に入り始めた

サイエンスの領域からも、これからは「心地よさ」の標準化というか、そういうものができてくるかもしれない。要するに、明るいとかそういうことだけじゃない、「心のぬくもり度」みたいなものを数値化できるか。数値化しないほうがいいかもしれない。
私はどちらかというと理論のほうの人間で、自分でブラックボックスを掘らないと納得しない。一方で、戸田正寿さんのように、私とはまったく領域の違う、非常に深い感性をお持ちのアーティストがいらっしゃる。
昼間の太陽を見て、赤を感じろといっても、感じないでしょう。赤の色が嫌いな人に、好きになれって言ったって、私たちの脳はそうならないでしょう。これは何なのかっていったら、感性の世界ですよね。この感性の域にLightfaceは入り始めているんですよ。